ある日突然、足が無くなりました。

片足を失った雪山好きのサラリーマンが義足と共に復活。色々な話をノンフィクションでお届けします。

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ある日突然(その5 この世とあの世の狭間)

(途中からの人用→その1その2その3その4

前回は義足話を挟んでしまったのでだいぶ間が空いてしまいました。
facebookでは結構多くの人にシェア頂いてありがたい限りです。

~受傷2日目~

さて前回、ドクターヘリに乗せられた僕はどこへ向かったのでしょうか。
正解は川越にある埼玉医科大学総合医療センターという病院です。

後で家族から聞いたのですが、関東ではこの病院もしくは帝京大学病院において「高度救命救急医療」が充実していて、僕のように酷い外傷があった場合はどちらかに搬送することになるそうです。
帝京医大のほうが自宅から遥かに近かったのですが、病床の空き状況と一刻も早い治療をしなければ足を失ってしまうという状況から、僕らに選択の余地はなく、遠方の埼玉医大に搬送されることになりました。

ここからはさらに辛い記憶を辿りながら書いていきたいと思います。

まずヘリポートに到着したあと、そのまま手術室に搬送され、すぐに全身麻酔で意識を失いました。
ここから10時間以上にも及ぶ大手術が繰り広げられたと聞いています。

次に目が覚めた時には、今まで感じなかった足への激痛を感じました。
なんと足に何本も金属が刺さっており、微動だにするだけで凄まじい激痛が走るのです。

ashi.jpeg
 ※イメージ(この写真は受傷1か月後)

さらにこれまで感じたことの無いほどのやばい吐き気を催していました。ものすごく強くてヤバい痛み止めが使われていた為です。
なのにも関わらず、喉はカラカラに乾いていて、最初に口にした言葉は

「みず・・・」

でした。

こんな状態では首以外、ほとんど力が入りません。
同時に身体の至るところに何かがついていて、不快感満載です。
身体にはいくつものセンサー、腕には点滴針、顔には酸素マスク、尿道にはカテーテルが入っていました。
また部屋の中には医療機器の電子音が鳴り響いていて、患者の気分を紛らわすためかラジオの音が聞こえました。

さっきまで麻薬漬けでラリパッパだった状態とは打って変わって、いうなれば「瀕死」の状態です。
それほどまでに長時間の手術による身体への負担というものは大きかったのだと思います。

そう、この場所は集中治療室。
ICUって呼ばれてる場所ですね。
僕はこの場所を「この世とあの世の狭間」と呼ぶことにしました。
毎日、数時間おきに生死の境目をさまようような人が運ばれる壮絶な場所だったからです。

そしてそういった状況を認識した直後から、永遠とも思える生き地獄が待ち受けていたのです。

続く。

次回 → 無限ループ
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